Mistletoe kiss


年の瀬の12月――――

例年通り、街は色とりどりの飾り付けで華やぎ、どことなく浮き足立つ。
家路へと就くのか。それとも、これからどこかへと出かけていくのか。手にそれぞれの想いを込めた贈り物を抱えた人々が、嬉しそうに道を急ぐ。

毎年、それをまるで異邦人でも見るような冷めた目で眺め遣っていた。幸福そうな人々を見下すとか羨ましがるといったことではない。ただ単に、違う世界、無縁の世界、毎年遠くから眺める影絵のような世界。
そうなのだと思っていた。去年までは――――


人付き合いが苦手で、味方ではなく敵ばかりを無自覚につくってしまう。知らずに人を傷つけて知らずに人が離れていく。幾度もそれを繰り返した結果、所謂、「恋愛」という最も感情が交錯する人間関係について、自分はかなり不向きなのだと結論を下した。
人付き合いが苦手といっても、気心の知れた親友もいる。数は多くはないが、大学でもそれなりの人間関係は築いている。中学・高校と、クラス単位での共同行動を強いられていた時とは違い、自由に行動ができる分、構内でライトな人間関係を築くのにさほど苦労はなかった。


つまり、石田三成の世界は、極少数の深い家族・友人関係と少数のライトなその他(主に大学関連)の関係で構築されていた。見た目の通り、クールかつシンプルな世界。その世界に「恋愛」という要素は殆どなかった。
だが、時とは流れ変異するものだと悟ったのは、つい最近。盤石と思っていた自分の世界に突然飛び込んできたある人物。それが、三成の世界を少しずつ変え始めていた。


ぼんやりと赤や青の電飾の施された大きなクリスマスツリーを見上げながら、三成はコートのポケットに仕舞い込んだ小さな小箱にそっと触れる。
去年まで影絵のように遠巻きに見ていた世界が、少し色付き近づいてきた。その証拠に触れて、三成は溜息を吐く。


     どうやって渡そう――――


先程から、思考は同じところをクルクルと回り一歩も進まない。

生まれて初めて、今まで自分の世界と無縁であった「恋愛」という感情のためにプレゼントを買った。だが、只買ったものを渡すだけの単純な行動のために、自分がこんなにも悩むとは思いもよらなかった。大学の進路を決めた時よりも、ずっと悩んでいるような気がする。


     兼続や幸村の誕生日の時みたいに、「やる」って一言云えば済むことじゃないか


結局、散々考えあぐねた末に辿り着いた結論は、至極彼らしいものとなった。
兎に角、四の五の考えても仕方がない。自分でも「色気」も「可愛げ」もないとは思うが、それ以外の渡し方を思い付かない。
そんな自分が恨めしい。しかし、それ以上に――――――


   喜んでくれるかな?
   それとも、呆れるかな?


期待と不安が押し寄せる。



「よしッ!」

不安を追い遣るように小さく声を出す。ほんの少し気分が楽になった。

「何が『よし』なんですか?」
「うわッ!?」

突然、自分の背よりも高いところから囁くような声が降ってくる。三成は柄にもなく目を丸くして驚いた。

「い、いきなり声をかけるな、左近ッ! 吃驚するじゃないか!!」

今日、誰よりも会いたかった待ち人の来訪を怒鳴り声で迎える。心に思い描いていた待ち人にいきなり声をかけられ、三成の心臓は急激に鼓動を上げた。頬や耳が熱くなるのがわかる。
キッと睨み付ければ、待ち人は、クツクツと喉を鳴らし笑いを堪えている。きっと、耳まで真っ赤に染まった自分が可笑しくて仕方ないのだ。

「すみませんね。珍しく、ひとりで百面相なんかしているもんですから……。それが可愛らしくて、ついね」

そう云って島左近は、目を細めて更に笑った。

この男−島左近−はいつもそうだ。
表情に乏しく、「鉄面皮」などと云われる自分のことを「可愛い」とか「綺麗」とか云って褒めそやす。「女と勘違いをしているのか」、と詰め寄れば、「そう思ったらそう云っただけですよ」と穏やかに返された。
それ以来、毒気を抜かれたのか三成も文句は云わない。寧ろ、それが当たり前のような気さえするのを不思議に思いながら、彼との距離はここまで縮まった。

「ひ、百面相? なんだ、それはッ! あっ!?」
「どうしたんです?」
「な、なんでもない!!」

三成は、慌てて首を横に振る。


    だ…大丈夫かな……


驚いた拍子に、ポケットの中のプレゼントを強く握ってしまった。箱が少しひしゃげたような気がする。本当は、プレゼントを取り出して、中身が無事かどうかを確かめたいのだが、当人は目の前だし、まだプレゼントを渡す心の準備もできていなければ、その雰囲気でもない。

「いいから、行くぞ。とっとと、お前のマンションに案内しろ」
「ふぅん。まぁ、いいですけどね」

強引に話を進めようとする三成を左近は意味ありげに見遣る。
左近は妙に勘がいい。隠し事をしているとばれたかも知れない。三成は、背に若干の冷や汗を掻きながら、誤魔化すように口を開く。

「ほら、お前のマンションどっちだ? 人を呼びつけておいて、案内できない訳じゃないだろうが」
「呼びつけてって…………」

呆れた様に左近は肩を竦めると、「こっちですよ」と三成を手で招いた。





イルミネーションの眩しい街の大通りをふたりは並んで歩く。

「俺だってねぇ、折角のクリスマスなんですから、景色のいい洒落たレストランにでも招待したかったですよ。でも、イヤだって駄々捏ねたのは三成さんなんですから」

そう抗議でもする様に左近は横を歩く三成をチラリと見遣る。

「他に行きたいところもないって云うし、ならふたりでゆっくり過ごしましょう、てなったんじゃないですか」
「こ、こんな時期に男ふたりでレストランって………………は、恥ずかしいだろうが……」
「へぇー」

拗ねた様に左近が半眼で三成を見下ろすと、三成は眉を下げて狼狽する。

「えっ!? あ、あのな……左近が嫌いとかイヤだとかじゃなくて……そ、その……」

言葉を探して三成の声が段々と小さくなっていく。
そんな三成の姿に左近は苦笑をする。みなまで云わなくても、三成の云いたいことはわかっている。でも、偶には少し意地悪もしてみたい。そんな気分になった。

「じゃ、クリスマスじゃなかったら招待してもいいですか?」
「えッ? えぇっと………………」
「今度、夜景の綺麗なホテルのレストランで……ふたりだけで。どうです?」

そう、耳元近くで囁いてやれば、途端に顔が茹でた様に赤くなる。

「あっ……で、でも…やっぱり……その………」
「やはり、男同士ではイヤですか? それが、俺でも? それとも、俺が恋人っていうのは恥ずかしい?」

顔を真っ赤にして、しどろもどろに言葉を探す三成の様子が可愛らしく、もっと苛めてみたくて、左近はわざと少し寂しげな声色を混ぜてみる。
――――

「そんなことはない」

予想外の凛とした声。その声の強さに、左近も三成も通りの真ん中で歩みを止める。
三成は面を上げる。真っ直ぐな琥珀色の瞳が左近をしかと捉える。

「俺は左近のことが好きだ。それは絶対だからな!」
「……あの」
「だから、恥ずかしいとか云ったのは、男同士だからとかじゃないし、左近が恋人だからってことでもないぞ。……その……ただ、その……」
「あのですね。三成さん。熱烈な告白は、とても嬉しいんですがね……」

困った様な苦笑を浮かべた左近が、三成の口をそっと指先で閉じる。

「ここ大通りですよ」
「ッ!!!!!!」

切れ長の瞳が限界まで見開かれる。
戸惑う様に三成の頭が、ゆっくりと辺りを見回す。

買い物帰りの親子連れ。
腕を絡めて歩く男女。
なぜか、矢鱈と熱心な視線を送ってくる女子高生たち等々――――

「ぁぁ…………」

三成は、よろよろっと一歩二歩と後退る。
そして、これ以上はないという程に真っ赤に染まった頬のまま、固まってしまった。

「やれやれ。これじゃ、デートをするのも大変だな」

左近は笑いながら、固まってしまった三成をどうしようかと思案する。どうにも歩かせるのは無理そうだ。その時、目の端に客待ちのタクシーを捉える。取り敢えず、そのタクシーに三成を押し込めると、急いでその場を後にした。

彼らが立ち去った後、通りに黄色い悲鳴が響くのだが、それは当人たちの預かり知らぬことだろう――――





「俺は恥ずかしくて死にそうだ」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。はい、水」

左近のマンション。
適度に片付き。適度に雑然としたリビングのソファの上で、三成は膝を抱えていた。未だ引かない頬の赤みが目にも鮮やかだ。そんな様子が、自分を更に可愛らしいものとしているなど気付きもしない。

「人前で……あんな……」

左近が差し出したミネラルウォーターを一気に煽り三成は息を吐くが、水の冷たさは頬の熱までは取り去ってはくれない様だ。
左近は、喉の奥で笑いを噛み殺すが、緩む口元はどうにもなりそうにない。
三成の隣に腰掛け、その肩を抱き寄せる。

「三成さんの告白は情熱的でしたよ。俺は嬉しくて死ねそうです」
「阿呆ッ! あぁ、誰か知り合いに見られていないだろうな」
「ははは、これで公認ですよ。俺なんか、同じマンションの住人にバッチリ目撃されてますからねぇ」
「えぇッ!!」
「俺たちを熱心に見ていた女子高生の中に……。その子、ここの住人ですよ。あの様子じゃ、明日にもマンション中に広がっていそうだなぁ」
「なッ! 左近ッ、お前、今すぐ引っ越せッ!!」
「無茶云わないで下さいよ」

眉尻を上げる三成に対して、左近は眉を下げて楽しげに笑う。

「うぅ…………そんな…恥ずかしくて……この部屋、来れないじゃないか」
「おや? 三成さんは、これからも俺の部屋に来たいと思っているんですか?」
「…………うん」

三成は赤い顔のままコクンと頷く。

「なら、丁度いい。ちょっと早いけどこれプレゼントです」

そう云って左近は三成の手を取ると、ズボンのポケットから取り出したものを三成の掌の上に乗せる。

「これは……鍵と………指輪?」

細い銀のチェーンに通されたのは、鍵とシンプルなデザインの銀の指輪。

「鍵はこの部屋の合鍵。指輪はペアリングです。俺とお揃い」

笑みを深めた左近が、自分の左手を三成の目の高さに掲げる。その薬指には同じデザインだが少し大きめの指輪が嵌っていた。

「ッ! ぺ……ペアリング…」
「恋人同士なんだからいいでしょ。恥ずかしいからいらない、だなんて云わないで下さいよ」
「左近がくれるものなら……俺は、なんでも…嬉しいぞ」

三成はそっと渡された鍵と指輪を握り締め、自分の胸に抱き込むが――――

「けど……やっぱり恥かしい」

三成は、困った様に眉を寄せて上目遣いで左近を見上げる。その瞳が仄かに潤んでいる様に思われるのは、きっと気のせいではない。
予想通りの可愛い人の言葉に、左近は優しく三成の手の中の銀の鎖を取る。

「だから、チェーンに通しているんじゃないですか。ほら、こうして…………」

手にした銀の鎖を三成の首に回し、胸に下がった鍵と指輪を服の下に仕舞ってやる。

「服の下に入れてしまえば、見えませんよ。ね」
「…………さこん、お前頭いいな」
「この程度で、頭いいとか褒められてもねぇ」

本来、左近も舌を巻く程の頭のいい人から、こんなことでお褒めを頂くとは思わなかった。多分、恥ずかしさの余りに出た熱のせいで、頭の回転が鈍っているのだろう。
そう思うと、益々目の前の人が愛おしくなっていく。

「じゃ、どう云えばいいのだ」
「たった一言。礼をくれれば良いんですよ」

コトリと小首を傾げる幼げな問いに、朱色の髪を梳きながら答えてやる。ついでに、その瞳を覗き込みながら少し本音も付け足すことも忘れない。

「ま、ほんのオマケにキスのひとつでもくれると、ありがたいんですけどねぇ」
「キ……キス……って…ど、ど、どこにだ……」
「どこでも。三成さんのお好きなところに」

左近は、「どうぞ」と云わんばかりに目を閉じて三成を待つ。


しばしの時が留る――――


「目を開けるなよ」

念を押した三成の声が極近くで聞こえた。左近は了解の意の代わりに小さく頷く。
三成は緊張したように息を吸い吐く。そして――――

「左近。ありがとう」

囁くような小さな声。でも、しっかりと左近に聞こえるように耳元を擽る吐息。
暖かく柔らかな温もりが、ほんの短い瞬間だけ唇に触れて離れる。
すぐ離れてしまった温もりを少し残念に思いながらも、今時、驚く程に純情なこの人が自ら口付けてくれたことが嬉しい。


     ほっぺにチュウでも大金星だと思っていたんですがね


左近はゆっくりと目を開けようとするが、なぜかそれを手で塞がれた。少しひんやりと体温が低いはずの三成の手が、今は熱い。

「? …みつな……」
「あ……あのな」
「はい」
「俺も…お前にプレゼントを買って来たんだ。けど…その、初めて買ったクリスマスプレゼントなんで……その、少し変かもしれない」

手に何かが押し付けられる。
掌大の小箱。ラッピングのリボンの布の感触に包装紙の乾いた感触。少し紙の箱がひしゃげていた。

「これを俺に?」
「うん」

視界を覆っていた手が離れると、眼前には心細そうな顔。
それを安心させるように、空いた手で三成の頬を撫でる。

「三成さん。俺もね、あなたがくれるものなら何でも嬉しいんですよ」
「そう……なのか?」
「好きな人から貰うものですよ。あなただって、俺から貰うものは何でも嬉しいって云ったじゃないですか。左近も同じですよ」

頬を撫でる手がそのまま細い顎を攫う。

「俺もあなたが好きですから」

ありったけの思いを込めて微笑む。

「知っている」

その思いを受けて返される微笑みは、極上の花。

残念ながらここに宿木はないが、永久の幸福を願って息が苦しくなるほどに深く口付けた。





fin
2006/12/19


初の現代パラレルです。
自分で書いててよくわかりません。
とくにかく、クリスマス向けに精一杯甘くなるよう努力しました(汗)
ところで、左近の職業は? 殿は一体何をプレゼントしたのか? 謎がつきません〜(ぉぃ)